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ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

祖母のお見舞いに行った。

家庭 母親 考え方 人生

祖母は96歳。

気丈な人だったが10年前くらいからアルツハイマーが進行し、今では誰のこともわからない。

長らく実娘である母がみていたが、やはりどうにもできなくなり、4年前から施設で暮らしている。施設に入った直後は脱走をはかり、ひとりでタクシーに乗って保土ヶ谷に行こうとするなど(不審に思った運転手さんが交番に連れて行ってくれた)騒動を起こしたこともあった。その出来事のせいで、施設の入り口には自動ドアにオートロックがつくようになった。今でも、母はその時のことを職員の方に言われてしまうという。

その後徐々におとなしくなり、職員の方のカリキュラムにしたがい、日々を穏やかに過ごしていたようだ。特に、小さい子供たち(幼稚園か保育園のイベント?)が訪問するときや、病院で見かける小さな子供に、とても興味を示したという。

転倒をきっかけに歩けなくなってしまったのは数ヶ月前からのようだ。寝たきりから床ずれがひどくなり、病院に通うも、もうよくはならない。血液検査をしようにも、血が容器にのぼってこないという。それでも、病気ではないので入院はできない。

最近、食べ物が飲み込めなくなったという。食べさせてもらっても、口の端からボロボロこぼれてしまう。唾も飲めず、出てしまうという。点滴を打ったり胃ろうをすれば生きながらえさせることはできるが、どうするか、と医者に言われ、母は「もういいです」と延命治療を拒んだ。夏を越せるか、もうわからない状況になった。「なるべくよく声をかけてあげてください」と言われたようだ。

会いに行っても、私のことなどもう覚えていないが、行かねばならないと思った。夫も、午前中ならいけそうとついてきてくれた。そして長男も、「行かないといけない気がする」と学校を休んでついてきた。

 

祖母の部屋に行くと、祖母は寝ていた。身体を横向きにし、足を折り曲げ、眠っていた。私のよく知る、90になる前くらいの祖母の姿ではなかった。小さくて白い、違う生き物のような感じがした。

安らかにしているので無理に起こさないでも、と思ったが、母は祖母の手をさすり、耳元で「おばあちゃん!tarakoたちがきたよ。きてくれたよ」とわりと大きめの声で言った。何度も。祖母の目は閉じたままで、何も喋らなかったが、顔が少し動いた。

私も祖母の手をさすりながら、「おばあちゃん、tarakoだよ。おばあちゃんに会いにきたよ」と近くで言った。

母は、「ほら聴こえてるみたいだよ。おばあちゃん、○○くん(長男)も、◯◯くん(夫)もきてくれたよ。よかったねえ」とさらに呼びかけた。祖母の手は少し上がり、そして再び降ろされた。耳元で言われてうるさいのかも?でも母は「ほら反応してる!」と喜んでいた。

 

祖母の顔や手には自分でぶつけただろう内出血の色素沈着がそこかしこにあったが、思った以上にすべすべしていた。施設の人に丁寧にされているだろうことが伝わってきた。

私は部屋のタンスの上に、昨晩羊毛フェルトで作った猫ホイミンを置いてきた。もう、祖母はこんな猫がいたことを覚えていないだろうけど、私がこういう人形とかを作るのは、やはり祖母がルーツであったということで、おまもりがわりに。お見舞いは15分ほどで終わった。

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丸まってすやすやと、何もわからず眠っている祖母を見て、赤ん坊のようだなと思った。人は、年をとっていくと、だんだん赤ん坊に戻っていくんだな。そうして眠るようにいけたらいいだろうなと思う。

私の頃になったら、いろいろな意味でそういうふうには、きっと死ぬことはできないだろうけども。