ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

クリティカルシンキングについて

こないだ、長男の授業参観があったので次男と行ってきた。

担任の先生(理科担当)の授業だというので、理科なのかなと思ったら「ピア・サポート」たる内容だった。「クリティカルシンキングをしよう」という目的らしい。

そして、生徒たちに次のような設問をやらせた。

 

「◯◯さんしか自分のテストの点数を知らないはずなのに、△△さんが知っていた。あなたの考えで一番近いものはどれ?」

ア.◯◯、しゃべったな!なんてやつだ!ふざけんな!

イ.◯◯、しゃべったな!もう口きくの嫌だな・・・

ウ.◯◯、しゃべったな!でも、そもそも言ってしまった自分が悪いんだ・・・

エ.◯◯、しゃべったな!・・・いや待てよ、違うのか?

 

こうした設問を何問かやり、この4択の中で選ばれた答えの中で最も多いものがその人の性格タイプであるとし、

 Aタイプ:攻撃パターン

 Bタイプ:遠回しな攻撃パターン

 Cタイプ:受け身パターン

 Dタイプ:事実を追求するパターン

の4つに分けられた。心理テストみたいなものだが、結論的に言えばDタイプ以外はみんなネガティブな位置づけをされており、あらかじめ表題の「クリティカルシンキング」に導かんための設問だな、と私は思った。

中学生たちはめいめいのパターンに分かれて、「このタイプだったら友達との仲はどうなっていくか」と発表させられていた。これも、A〜Cは「仲が悪くなると思いまーす」などとネガティブで同じような答えが続き、やはり結論ありきの発表という印象が否めなかった。見てる私としては、「その発想なかったわ〜」的なおもしろさは無かった。

さて、長男は自分をどのタイプだとしたのか・・・と帰ってから聞いてみると(授業参観中はうかがえなかった)、「Dタイプ」と答えたので、私と次男は「え〜」というリアクションだった。

普段の生活態度、言動からすると、完全にAかBだからである。

おそらく長男自身も授業の意図が最初から分かったのだろうが、そこで“ええかっこしぃ”するほうをとりなすったか・・・と私は苦笑いした。あるいは、家族に対しての態度と、学校の人間に対する態度を変えているか、だとおもう。

長男は「もし、人に裏切られたとしても、怒るってことはないなあ」と言ったので、私は反論を試みてみた。

「いやそういうけどさあ、怒らないっていうのは、その相手を最初から信頼していたり、期待していたりしていないからなんじゃないのかなあ。例えば、いきなり私が失踪したらどうよ」

「それはもう〜、12年間も育てていただいたわけだからそれだけでありがたいと思うだけだよ」

「(まだ言ってやがる・・・)あれだよ?夕方になって、お腹すいてさ、『おかあさーん、きょうの夕飯なーに』って訊いたら(実際今日も訊かれた)、突然いないんだよ?もう、忽然といないのよ?書き置きも連絡も無く。『は?』っておもうでしょうが」

「駄菓子屋モンちゃん(家庭内に置いてあるお手伝いの報酬で買える駄菓子屋)でお菓子食べて過ごすよ」

「ああ、たぶんな、2〜3時間はそうやって、『よくわかんないけど帰ってくるかも・・・?』と思って、菓子食ったりゲームしたりして、逃避すると思うんだよ。けどだんだん気づいてくるわけ。夜中になって、翌朝になって、一日経って、また夜が来て。『あ、ほんとうにいなくなった』って。どうよ?『は?なんなんだよ??』って怒ったり、悲しんだりしない確信はもてないと思うよ」

「まあ、確かにそうかも」←そこまで考えてなさげな感じ。

 

こうした授業をやるのはいいんだけど、結局「頭の中では」クリティカルシンキングをやった方がいいというのは理解していて、訊かれたらどう答えた方がいいのかがわかるんだけど、実際問題何かが自分自身のみに起こったとき、それを実行できるのだろうかという疑念がある。少なくとも長男の「俺はDタイプ」はあやしい。かなりあやしい。

また、そもそも「事実を追求する」が最適解でないケースだってあるんじゃねーのとか私なんか思っちゃうんだけどそれはもう穿ちすぎて生きていくのが大変になるパティーンなのでほどほどにしたい。