ミジンコブログ

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お母さんて別に笑ってなくてもいいんじゃない。

私はおそらく、気分の上がり下がりについてわりとフラットな人間だ。
子供の年齢が低いときにはキィィとなることもあったけど、
話せばわかる小学生の息子たちを頭ごなしに怒鳴ることはもういまはほぼないし、
2人の姉たちの子育てや、近所のお母さんたちと比べても
私はヒステリックに喚く、ということはあんまりしてないと思う。
まあ主観だから、夫に言わせたらまた違うのかもわからんけど。
 
逆に、大声で笑ったり歓声をあげたりもめったにない。
自分がうるさくなる、というのがひたすらイヤなのだ。
 
なので「お母さんは笑え」というのに少し引っかかるのだと思う。
本当にわっはっはと笑えって意味じゃなくて、心持ちの問題だということは
じゅうじゅうわかる。それでもだ。
 
「笑うとまでいかなくても、平穏だったらよくないか?」と思うのだ。
 
子供にとって、精神が不安定な親を持つことは確かにあまりよろしくないだろう。
さっきはニコニコしていたのに、同じことを言ったら今度は怒ったとか、
理由もわからずしくしく泣いてるとか、塞ぎがちでリアクションがないとか、
気分でコロコロ変わられたら恐ろしくてコミュニケーションがとれない。
だからなるべく安定した心でいましょうね。これはわかる。
 
ただ、私にとって「笑う」は、結構エネルギーを要する。
 
笑おうと思って笑うことはできる。
嘘でも、嘘じゃなくても、まあ笑うことはできる。
ただ、意識しておこなうことは結局エネルギーを使う。
一人になったときどっと疲れ、
続けられるか不安がよぎる。
太宰治の「人間失格」のように誰かが「ワザとだね!」と指摘してくることを恐れる。
自然でないことは、無理が生じる。
 
周りの声の大きい、社交的なお母さんたちを見ていると、
喜怒哀楽が本当にハッキリしてるんだよね。
それが悪いっていうんじゃなくて。
そんなお母さんの子供たちはきっと、「それが自分の母親」と
認識していくんだろうけど、私の息子たちはたぶん、
私が「キャー嵐のライブチケ当たったぁぁ!」とか
「ジーク、タルトが焼けたわよ(優しい微笑み)」とか
いやごめん、全然関係ないけどそんなテンションでいたら、
こいつほんとに俺らのお母さんかな?って訝るよね。
そう考えるとうちの子供たちが私のことを、「大体こういうテンションがお母さん」て
認識してくれてるのがありがたい。
 
ところで「静穏」と「無」って両極端だけどすごく近い状態とか何とか言ってる漫画なかったっけ。
高河ゆんの「源氏」だっけ。
別に人生がクソつまらないわけじゃなく、
「お母さんはこうじゃないと!」みたいのが息苦しいだけなんだけども
「無」にはならないよう気をつけよう。おわり。