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ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

仕事の対価的な話。

なんか、本当にモヤモヤする。

妻が倒れて夫が代わりに家事育児する。普段から慣れないそれをこなすのは大変だろうし、こうこうこうだったとブログに記録することに、何の文句もないし

そういう記事を書くブログ主は何も悪くないんだけど

それが何百とブックマークされ、一時的な称賛が飛び交う、そのことになんとも嫌なものを感じた。

 

きっとそれが、「母親」だったら何百ブクマとかされないんだろうな、とか。

そういう現状の人は今もいるんだろうけど、今日も日々の情報に埋もれて見えないままなんだろな、とか。

数あるブクマの中で、見えない母親たちにエールを送ってくださった方には、

有象無象の母親の一人としてありがたや、ありがたやと思いました。

 

ところで先日書いた、思いつきで振られた仕事が無駄になった件なんだけど

今日もらった給料袋にそのことについて書いてありました。社長から。

「すべての仕事が扱われるわけじゃないが何事も一生懸命やっていればいいことがあります(意訳)」。

もうね。違うよね。思わず鈴木雅之歌っちゃうよね。

足を踏んだ張本人から、「これからも足を踏まれることはあるでしょうが前を向いていましょうね」と言われたわけです。

謎の励ましすぎてもう。

すべての仕事が報われるわけじゃない、ということなど、言われるまでもなくわかってるさ。

しかし、製作物がなるべく無駄にならぬための打ち合わせの数々であって

私は何度も「これでいいですか?」と聞きました。

それを最終的にOK出して、できたものをやっぱりちゃぶ台返しする場合、

ちゃぶ台を返した側が言うことはまず、OKといって悪かった、という一言の謝罪じゃないでしょうか・・・。

その上でこれからもどんどんちゃぶ台返すからね、というなら、わかりますけど。

 

こないだ姪っ子がね、アナと雪の女王のイラストとか、思い出のマーニーのイラストを

欲しがっていたので、描いて送ったんですね。

すごく喜んでくれたみたいで、クリアファイルに入れて、学校の友達とか先生に見せて回ったようなのです。

こちらは、恥ずかしいけどホント嬉しいですよ。そこまで喜んでもらえるなら。

それはもう十分に対価をいただいたようなものです。

たとえばいずれ彼女がその絵を嫌になって、捨ててしまったとしても構いません。

 

結局、私がムカッ腹がたったのは

「本当は社長本人もあの時OKとは思っていなかったのにもかかわらず、

その場の流れでうっかりOKを出してしまい、後々になって知り合いが

どうこう言うことに便乗して『あ、やっぱダメだよねー』としたこと」にあるんじゃないかと思います。

いわゆる太宰メソッドじゃないですか。

たぶん、そういうことをすることで人からの信頼が下がることに、気づいていないんだろうなあ。

知っていたら、「一生懸命やってればいいことが」とか他人事みたいに言わないよね。

私は誰かに仕事を頼む場合、(それが子供のお手伝いでも)こういう失礼なことはしたくないなー、と思いました。