ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

あの頃の供養として

ドロドロを吐き出します。感情供養です。ネガティブな内容をご覧になりたくない方はUターン推奨です。

私はイクメン夫とか地域の人たちの助けとか、ほとんどあんまり感じないで育児してきた人間なので、少子化問題とか密室育児問題について、「でもさやっぱり母親の意識が」「自己責任が」みたいな論調を見るともうじんましんかアレルギーかッてレベルでぶわーっと憎しみの気持ちが押し寄せてしまうんですけど、まあそれも、なるべく表に感情は出さないようにしてきました。

人様のイクメン話に対してはあー、いいですね素敵ですね、くらいの気持ちだけど、苦々しいのが「つらいなら言ってくれたらよかったのに。言わないとわかんないよ」的な、励ましとも開き直りともとれる言い方で言われるときでした。
こっちとしては「だから言ったんだよ!散々!助けを求めたよ!それすら気を遣ってひたすら迷惑かからないよう考えたりもしたよ!けどそれくらいは誰でもあるよーとか、え?気づかなかったそんなふうに全然見えないよ、とか、ごめんやっぱ助けられそうにないわ、とかで結局スルーされ続けてきたんだよ!今更言えばよかったのにってなんぞ?なんぞ!?」と返したい。ハッキリ言ったら言ったでやっぱり角が立ったしな。で、うまい言い方すればよかったのにねとくる。どうしてせっぱつまってるときにその「うまいこと」を求められなきゃならないのか。

私に必要だったのは私が変わらなければならないよというアドバイスより、お前はもう充分よくやってるからもう休め、あとはこっちが引き受けるから、という助けだった。思えば「つらいならそういってよ」というひとたちは前者ばかりだった。余裕があるときに聞けばそんなアドバイスもすんなり聞けたかもしれない。でも当時はダメだった。憎しみだけがつのり、またそんな自分が最低だと嫌悪する悪循環だった。

私を苦しめるものはいまはそうない。でもあの頃の、どうしようもなく足掻いていた自分を、『まだ助けてあげられてない』という気持ちがある。それは、結局私が全てを担うことを受け入れてしまったから。諦めてしまったから。それでいいじゃん、と自分で言い聞かせるたび胸がつまる。私はアホだ。とてもじゃないけど「私ぃ、これでも12年間母親やってきた身としてぇ、少しでも皆さんの参考になるかと思ってぇ、公表しちゃいます!聞いてください、うちの子育て♪」とか言えない。マジ言えない。今でも時折がぼがぼ水飲みながら暗い海をもがいている気になる。水飲まなくても浮いてられんじゃね?みたいな瞬間があるけど、それがどんどん長くはなってきてるけど、まだ陸じゃない。陸っていつ辿り着くの。子供が成人したら?就職して自立したら?そのころには私いくつなの。それこそひとりの人間として自立できんの?夫のことひとりの人間としてちゃんと愛せてんの?がぼがぼ。がぼがぼがぼ。

気がつくとちゃんと私は陸地にいて、ふつうに息をしている。子供たちは優秀じゃないけど素直に成長していて、夫はいまだに帰りは遅いけど、だいたい1日に一度は帰ってくる。猫たちがいて、ほっとできる。毎日なんらかの仕事があって、職場の人から邪険にされることもなく、雀の涙程度だけど給料が貰える。なんだ、私、息できてるじゃん。

だけど。

水を飲みながらバタバタしていた自分を、なかったことにはしたくないし、忘れたくない。そのためにこのしょーもないブログをいつまでも残している。ゴミみたいだと言われても、残している。いつか子供たちが読むかもわからんけど、そのときに軽蔑するも嘲笑するも自由だし、残す。