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ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

猫を飼う、ということ。

私は動物の中で、猫が好きだ。
動物園や映像で遠目に眺める動物も好きなのだけれど、
やはり一緒に暮らせて、落ち着いて触ったり抱いたり一緒に眠ることが出来る動物となると
やはり猫以上にぴったり来る動物はないな、とおもうほど。
今まで一緒に暮らしてきてどれだけ気持ちが救われたかわからない。
 
今うちにいるのは二匹だけだけれど、
そのうち1匹はネット上の里親募集に応募して、そして譲り受けた子だ。
私が連絡を取った方は我が家を信頼して譲ってくださった。
その子にはワクチンを接種させ、避妊手術も済ませた。
もうすぐ来て一年になるが、先住猫のオスと元気に仲良く過ごしている。


 
しかし今なお里親募集をいろいろと見ていると
非常に条件提示が多く、びっくりすることが多い。
私としては、最低限
 
・終生室内飼育の約束
・去勢・避妊の約束
・自分と家族のアレルギー有無の確認
 
があればいいものだと思っていたが、
ポピュラーな感じだと
 
・高齢者お断り
・単身者(特に男性)お断り
・小さい子供がいる場合お断り
 
となり、さらに身分証明提示、定期報告の義務、今までかかった医療費の寄付、
家に脱走防止対策の用具を設置、引渡し前後の視察訪問受け入れ、
良質なプレミアムフードの給餌、飼育経験、などが加わってくるようだ。
 
軽い気持ちで飼って、結婚や引越しで簡単に手放そうとしたり、
わざわざ虐待だの実験目的のために引き取る輩もいるようなので
警戒する気持ちは当然理解できるのだが、
最初から壁を厚く立てすぎのような気もする。バリケードのようだ。
まるで、そういうことを最初に確認しておかなかったら
全て募集した側が悪いんだ、責任を負ってしまうんだ、というかのよう。
可愛らしい猫の写真の奥に、なみなみならぬプレッシャーを感じる。
私は、あんまり条件が多く書いてあるところは、
ちょっと忌避してしまうかもしれない。 
 
里親を求め、また里親になる行為は他人に信頼を求めている、
ということなのに
条件提示が増えるほどお互いの偏見と不信が増えるのでは、
というような不安がよぎった。
いったん会うことを了解しあって、
対面で話すことで判断することは難しいのかなあ。
 
私には、自分の飼育能力を超えた頭数をわざわざ保護して
常に里親を募集し続ける、という行為は実際とてもできないので
まったく的外れなお花畑意見かもしれない。
しかし、年間多くの保護猫が殺処分になっていることもあわせると
条件外→問答無用ではじく、という選択より
なんとか飼いたいという人と猫が一緒に楽しく暮らせるよう考える、
っていう方向で考えられないものかなあと思うの。