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ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

怒鳴る母親を責めるのはその子のためですか。聞きたくない自分のためですか。

育児

たまに、「公共の場で子供が母親にガンガン怒られてた」みたいな
エントリを見る。
たいていその記事を書くひとは、
「子供が泣くのは仕方ないけど、それを怒る母親のヒステリックさが嫌。
 その叱り方は子どものためになってない」みたいな論調だ。
「そのお母さんはうまーく収めてたよ、ステキだなー」てオチもあるけど
ひねくれた私には亜種に見えたりするんだな、これが。
 
まあそういいたくなる気持ち、わからないでもないんだよ。
気持ちだけならな。
 
実は、隣近所の奥さんの声、すごいんです。
私から見たらおとなしくてあんまり手がかからなそうだなーなんて思う
女の子たち(三姉妹)を、朝からもうガンガン叱る。
しかも20〜30分以上続くこともある。それが日々聞こえてくる。
寝坊してうだうだ布団にいる私も、「うおお?」つって一発で目が覚める。
 
近所なんでその奥さんと世間話もする。
ご本人もわかってて、「知らない人から見たら虐待だよね・・・」っていう。
私は「いや、うちもおなじようなものですよ」っていう。
(現に私の怒鳴り声も向こうに聞こえてるとおもう)
でも子供を見れば虐待なんて受けてないのは理解できる。
近所の人もみんな知ってる。
お母さんが大好きで、いつもお母さんにくっついてる。
明るく笑うし、楽しそうに遊んでいる。 
私よりずっと面倒見がいい人だし、公園とかにもよく連れて行っている。
外側から聞いたら、私の怒鳴り方のほうが品がなかったりするだろな。
なんか変な関西弁が混じったりするし。
どこぞのヤンキーかっていう口調だったりもするし。
 
優しく説明してわかってくれるならそれ以上のことはない。
大抵の場合、優しかろうが理路整然としてようがぬくもりでつつもうが
『きかないときはきかない』のが子供なのだ。
よって親は、叱り方のバリエーションを暗中模索で増やすことになる。
大声、罵声、脅し、あのひとが怒ってるよなんていう責任転嫁、
しまいに頭をはたくといった、とんでもなく悪手だろうって形を取ることもある。
あとで猛反省するわけだけど。

それなのに、よその奥さんの怒鳴り声が続くのを聞いて、“私が”
「あーあ、そんなにねちねちいわんでもいいのに」とか思ってしまうこともある。
でもそれは私がその子の母親じゃないからだ。
『無責任な他人の視点』だからだ。
なので、「みなさーん、あの母親の叱り方は子どものためになりませーん」と
風潮するやり方は、実はとても恥ずかしいことじゃないかとおもう。
無知と無責任をひけらかしてるわけだからさあ。
自分が見た、切り取ったワンシーンでその親子を判断し、「ダメだな」と切り捨ててしまう、
そんな視点こそ何より親子のためにならない。 
 
私も、公共の場でもうおもっくそガンガン子供を怒鳴ったことがあった。
長男が2〜3歳、食料品の買出しのときだ。
どうせゆっくり見られないことがわかってても、連れて行かないわけにはいかない。
カートに乗せても、暴れる。騒ぐ。自ら降りようとする。
座ってる間はひっきりなしにあれなにこれ何と喋り、ねえねえねえ!と呼び続ける。
欲しがりそうなお菓子や玩具を見つければ、買って買って!と騒ぐ。
騒ぎが大きくなると、周りも嫌な目で見てくる。
なだめ、諭し、時にはモノやその場しのぎのウソで釣り、
意識の半分以上を子供にとられたままで
なるべく超スピードで品を選び、レジでお金を払う。
いったんカートから降ろすと、一瞬で駆け出し、どこに行ったかわからなくなる。
袋詰めも満足にさせてくれない。
子供を探し回り、捕まえ、興味の対象から引き剥がし・・・
子供は引き剥がされるからまた暴れ、喚き・・・
私は疲労困憊する。
そうして、私は怒鳴る。
もうそのとき自分から発する言葉は、確かに子供のためとかではない。
私の感情の一方的な発露だ。
そこには「その言い分は理不尽すぎでは」とか言う内容もあったろうし
周りからはさぞかし「子供を感情のまま怒るヒステリックな母親」に見えたことだろう。
 
 
そういうとき、高齢の女性がやってきて「大変ね。あんまり怒らないであげて」といってくれたこともある。
やさしく、私のほうを落ち着かせようとしてかけてくれた言葉だったと今では思えるのだが。
申し訳ない気持ちが沸き起こるいっぽう、高ぶった気持ちがおさまらず
「ほっといてよ!!どうせわかんないでしょうに!」という気持ちがどうにもぬぐえなくて
(さすがにそう口に出したりはしないが)
親切で声をかけてくれてる人に腹を立てている自分が、
世間と乖離している自分が恥ずかしくて泣きそうだった。
実際泣いてたけども。

 
しれっと「子供なんてそういうもの〜」とばかりに放任状態、
子供が泣こうが走りだそうが意にも介さず買い物を続ける人もいるし
例の、「あの人が怒ってるからやめなさい」論法の人もいるけど
(そういう人も、大変な過程があって、自分と子供を追い詰めるくらいなら
 もういいやとばかりにそっちの方向に行っちゃったのかもしれない、と私は思ってるんだが)
なるべく場を収めよう収めようとしてうまく行かずテンぱる母親もまたいる。
子供のギャン泣きの声、女のヒステリックな声は確かに異様だ。
あえて聞きたい人なんていないだろう。
だけども、子育てってのはそこで終わりではないから。
まだまだ続くから。
そんで、どの親子も同じ通路をいつまでもぐるぐる回ってるってわけではないから。
その場だけの叱り方で判断するのでなく
長い目で見ていただけたら、と思うんだよね。
電車とかで見かける親子を、その後も追いかけるってことはできないから
どうしてもそういう切り取った見方になってしまうのだろうけどさ。
 
 
私のときもそうだったけども、やはりそういうときに
ふっと自然に声をかけられる人というのは本当にすごくて、
それこそ実際「ほっといて!!」とすごい剣幕で返されることもある・・・だろうに
なかなかできることじゃないと思う。
誰しもが真似できることじゃない。
でも、せいぜい顔をしかめて睨みつけたり舌打ちしたりをしないってことは
だれでもできるとおもうのよね。
そして、のちのちブログだツイッターだかで母親を批判するのでなく
こういうときどうすればいいのかなあと思いを馳せる程度にしとけば
いいんとちがうの。
 
ああやって責めるのは感情の発露といわれたら、もうグダグダだけどね。