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ミジンコブログ

徒然を、不定期で。

イイネ!ボタンがいろんなところにつくようになって思い出したこと。

学校 子供 ブログ

小学校3年だったか4年だったか5年だったか、
私が小学生だった頃の話です。
クラスで、
「この話を聞いた人は一週間以内に7人の人に同じ話をしないと呪われ死ぬ」。
っていう類の話が流行ったときがありました。
 
今の子供はもっと大人びてて「バッカじゃねーの」と一笑に付すかもしれないんですが
当時の子供たちはけっこうアホでした。
「えっえっどうしようどうしよう誰かにこの話しないと!」って
ちょっとうろたえちゃうほどにはアホでした。
あるいはどっかで、「そんなんウソに決まってる」と思いながらも
「話し広めないと死んじゃうんだって!」みたいにさわぐ声のでかいやつに
抗えもせず流れに乗ってしまうくらいにはアホでした。
それで、その日のうちにクラスじゅうに話が広まって、
もはや同じクラス内ではその話を知らない子がいない状態になったんです。
 
別のクラスにいる知人友人に話を持ってくひともいましたし、
「こういうの知ってる?もういいや知ってる子でも!もう一度聞いてよ!」みたいなひともいました。
私も例にもれず呪いから逃れようと誰かに話そうとしたような気がしますが、
結局そこまで顔が広くないので途中で断念した覚えがあります。
不思議にも「ばかばかしい。もうやめなよ・・・」と止める子はおらず
(いやいたかもしれないけど、ほぼ影響力がなかった)
しまいには相手がこの話を知ってるか知らないか確認しようともせず、
なおかつちゃんと話の内容を伝達しようともせず、
「はいタッチー、はいタッチー」と
順番に前から一回ずつ机を叩いていくだけで済まそうとしていく人間も現れました。
呪い云々じゃなく、そっちに結構な衝撃を受けたのを覚えています。
え、そんなんありなの??みたいな。
もうね、意味があるとかないとか、そういうんじゃなかったんだと思う。
 
 
mixiFacebookをやってみて、
最初は投稿したものになにがしかのコメントがついたものが、
「イイネ!」ボタンがつくようになってからというもの
徐々にそっけない「イイネ!」だけとなり、
さらに最近はそれすらあんまりない状態になりました。
私は昔から好き勝手に自分の駄文を垂れ流すのが好きなので
そこに反応があろうとなかろうともはやあまり関係ないところまできてるんですが
「イイネ!」が時折見せる冷たいものってなんだろう、と思いはじめ
そこからなんとなく・・・そんな小学生の頃の話をふと思い出しました。
 
インターネットはニュースや調べものだけで、SNSなんて一切興味がない夫に、
この「イイネ!」ボタンのことを話すとこう言いました。
「ええ〜オレ書いたモンにそんなんだけつけられるくらいだったら
 いっそもう一切反応ないほうがいいわ・・・」と。
私は反論をこころみてみました。
「いやその、私は読みましたよ、好意的に!って意志を伝えてる意味合いもあるじゃない。忙しいときとか便利では」
 
夫「いやでも『面白い』とか『つまんねえ』とか一言のコメントくらい
  かけない忙しさって何よ。そもそも忙しいなら読まないだろ」
私「一言だと逆に失礼に思っちゃってなかなか気が引けるし」
夫「イイネ!だけのが失礼じゃね?」
私「なんらかのこう、せめて接点を保ちたいというか」
夫「・・・オレだったらもう電話するねえ。その友人と接触したいと思ったら。
  メールとかもめんどくさいって思っちゃうし」
 
 
うーん、反論できない。
確かに、ちゃんとしたコミュニケーションをとろうと思ったら
SNS上の「イイネ!」だけの応酬なんて薄気味悪いものなのかもしれない。
でも考えすぎたらなんも書けなくなるしなあ。
それでも「反応があるだけマシ」なのか
「そんな反応なら無いほうがマシ」なのか
私はまだどっちつかずのままだ。