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母親の皆さんに、ということなので、母親の一人として返答しとく

http://ponkotsukazoku.blog45.fc2.com/blog-entry-311.html

あくまで、『大勢いる母親』の中の一人で、母親代表じゃないことを明記しときます。
そして、基本的には表現についての法的な規制を疑問視している立場です。
「架空の人物だろうが子どもに性的な興味を抱く人間の滅亡」
を願っているわけじゃないということです。

ただ、このエントリについてどうしてもひっかかるので、いわせてください。
ブコメではかなり苛立った発言をしてしまいましたが、その理由をちゃんと書こうと思います。


この方は、母親が子供を思うばかりに(核家族の孤独な子育て、背負わされる責任とかと絡め)
有害コミックを規制しさえすれば性犯罪が軽減するだろうと・・・安易に考え、
(そう安易な結論に出ねばらないほど母親は追い詰められているから)
規制に賛成しているのだ、といっている。
『子供のためなのよ』と頭から押さえつけている態度をとれば
子供はまともな成長を妨げられる。
子供はきれいなものだけ見て成長するわけではない。
この規制法案が通れば、大事な夫や息子まで危険な境遇に立たされ、
ますます孤立無援な子育てになりますよと。


えー、ここまでの解釈で間違っているなら指摘してください。



母親がみんながみんな規制に賛成してるわけでもないでしょうし、
規制賛成派の母親像、というのをテンプレ化しすぎているのがものすごく気になります。
『エロコンテンツなんてまったく見ない、むしろ汚らわしいと思っている、
 子供の考え方を全部思い通りにしたいヒステリックな母親』しか、思い浮かべてないんじゃないですか。
で、本当に規制賛成派の母親はそんな『孤独』で『追い詰められている』人ばかりなんですか?
そこまで哀れむような立場からじゃないと、『彼女らが何故規制に賛成するか』が納得できないのですか?


あんまり意図的ないいように腹が立ったのであんなブコメになりました。


ここ数日のさまざまな方のエントリ、ブコメなどを見て
どうも「自分は性的なものを嫌う母親によって考えを押さえつけられた。親は何にもわかってない」というような
『親』や『大人』に対しての、激しい怒りや呪詛のような思いが伝わってくることがあります。
そういう方の言からは「今現在、自分がれっきとした大人である」「子供に対しての責任がある」という意識が
読み取れることが少ないのです。
私は正直に言って、「まだまだ自分は子供のつもりなのかな」と感じてしまいました。
印象で物言って申し訳ないです。
つまりお互いさまというわけですが、相手がこうだと決め付けていては相手の心に届くわけもないですよね。



私も、教育においてエロを完全否定するのはよくないと思います。
今はあまり見なくなってしまいましたが、私自身はえげつない表現のものもさんざん見ました。
ただ「えげつない表現を読んで犯罪がしたくなる」なんて心理には到ったことがないです。
ですから今は、私の息子たちが成長するにしたがって、どの程度の表現ならオッケーなのかな、と
模索しながら子育てしています。
親が子供の性的な興味のあるなしを強制せず、その場そのときに応じて正しい性教育を出来たら良いですね。


ここで自分でも「うーん」です。正しい、ねえ。
規制という奇麗事を教育という奇麗事で返された気分。


「正しい性教育なんてそんなの理想でしかないかも・・・」とため息をつかずにいられないほど
今の子供の周りにあるエロコンテンツの数と種類は膨大です。そして手軽に手に入ります。
さすがにコンビニで陵辱モノやら児童ポルノは手に入らないですけど、
ちょっとした延長線に存在するわけですから、誰か大人が買えば、それを子供が見ることも充分可能ですよね。
タバコやお酒のように法で禁止されているのでなければ、子供たちにとってもハードルは低いですから。
うちのはまだ小学2年生と幼稚園年中ですから、とてもじゃないけど陵辱やら児童ポルノなんて
たとえ子供が好奇心で「これなーに」と興味を持ったとしても、まだ見せられませんね。
徹底的に目に触れないようにするだけですし、目に触れる可能性もまだ少ないです。


で、息子たちが小学校高学年、中学生・・・くらいになればいろいろとエロコンテンツにも興味が出てくるでしょう。
いよいよ親として性教育せねばならない、そんな時期がきます。
では実際に親側大人側が「正しい性教育」とやらが出来るでしょうか。
できていれば問題はないです。完全でなくても、そうなるような努力は必要だと思います。
しかし大人の欲を解消するための膨大なコンテンツの数々が役目を果たすわけではないでしょう。


それらは欲望の解消が目的であって、性教育本ではないことは明らかです。


ちゃんとした性教育より、欲望解消のためのコンテンツに飛びつこうとする子供もいるでしょうね。
それこそ子供は、「大人が思ったような」学習の仕方をしないものですから。
(今から諦めたくはないですから頑張りますけど)
私は少なくとも今よりもっと流通の制限みたいなものはあって欲しいです。
怠慢でしょうか?
今現在でも、親は判断を迫られながら子育てしていますよ。



流通どころじゃなく、表現そのものの規制を願う方たちの気持ちも、よくわかります。
中には性教育をちゃんとできる自信のない親もいるでしょうし、
(それはさまざまな理由があって一概に『甘え』『怠慢』ですまない場合もあるでしょう)
「押さえつけたくはないけどある程度は仕方ない」と思っている親もいるでしょう。
そういう人たちに対しても『母親がその名目で母親という立場を利用し』とまでいっちゃっていいんでしょうか?
母親が母親であることは名目でもなんでもなく、ゆるぎない事実ですし、
『母親という立場を利用し』というのはあまりに意図的なものの見方です。
さらに「母親はますます孤立無援な子育てをすることが確定します」というのは飛躍しすぎで、読んで不快になります。


「もっと広く親としての視点をもて」というのは子供のいない方には難しいことなのかもしれないですし
無理にもつ必要はないと思います。
エロコンテンツを守りたいなら守ればいい。
しかしもし上記のエントリの方のように『母親』というものを決めつけるのならば、
それは母親に対してあなた方も多くの抑圧を与えているということに気づいてください。